7月15日「盂蘭盆会」が教会で行われました。

御供養IMG_1705◆

会員宅に咲くお花を持ち寄り、活けて真心のこもった供物が捧げられました。IMG_1720◆又、ふくしま練成、生誕地まつりに向けて大事に マトイも御安置されています。IMG_1706◆

 大勢の方が参拝IMG_1712◆

地区主任説法IMG_1710◆

親の信仰を継承し、一生懸命ものごとに取り組むが…やればやるほど主人や子供との関係が難しくなり、しばらく信仰から離れていた。それでも、何年も何年も担当の主任が根気よく機関誌等を届けながら、温かく関わり続けてくださった。ある日、主人の気持ちが分からず…自分の欲求を満たしていた自分に気づいた。その自分を変えるには、信仰・み教えしかないと思い、久しぶりに教会へ足を運んだ。支部の人たちも温かく迎えてくださり、御本尊を見上げると涙が止まらなかった。支部長より御指導を頂き実践し、新たに主任のお役も拝命した。菩薩行に無我夢中で打ち込む最中、事故を起こし 再び主人が激怒した。自分だけでなく教会幹部の先輩にまで「うちのは、いくらやっても変わらない」と…。しかし、私を心配し、子ども達を思うからこその叫びだった。そこに気づかず、実践しているつもりでも、自分と向き合わず内省できなかった…と懺悔。自己中心で逆さの見方をしていた自分に改めて気づかされ、仏さまは 主人を通し、大きなお慈悲で導いてくださっていたんだと気づけたことが喜び変わった。これからは、主人や相手の仏性、そして、自分と謙虚に向き合い尊びながら精進していきたいと誓いを述べた。

新井教会長IMG_1711◆

盂蘭盆会に、皆さまと共に多く諸々霊に供養させて頂き有り難い。また、地区主任の説法を通し、スイッチが入ると突っ走り、そして、つまづきながら繰り返し…根っからの菩薩(何とかしてあげたい!)なんだろうけれど…仏さまの目にかなった菩薩行かどうか…で、違いが出てくる。御主人が繋いでくれていたことが有り難く(ご守護)、自分が変われば相手(主人)が変わる。以前と現在は、同じ修行や功徳を積んでいるのだけれど、心のありようが違うと その後に続く結果現象が変化してくる。仏の導き方は、一番 聞かなければならない所、一番聞かなければならない人を通して導きくださる。自己中心に気づき内省し気づくと、本当の幸せの道へと歩める。

盂蘭盆と言えば、自己中心・逆さの見方、慳貪の罪(人に施さない)を説いた目連尊者の説話がある。人のものも、自分のものも、人に渡さないことで餓鬼界に落ちるが、供養することにより、喜んで人に布施する心持ちになって布施をすることで救われる。その心にならないで施しもしないようでは、いつまでたっても救われない。それが因果の道理。

本会の盂蘭盆は、ものの見方・考え方を正して調和のとれた生活を送ることや いのちの繋がりに気づいて、親や先祖に感謝することを大切にしている。脇祖さまは、無量義経十功徳品の中に、諸々の慳貪の者には布施の心を起こさしめ…と、六波羅蜜が続く…。布施をすると智慧(仏の見方)が身につく。

皆さんは、何を慳貪してますか?

自我(慳貪)から離れて、自分の心が仏さまと直結した時に いろいろものごとが変化する。布施は、我があるとできない。常には難しくとも、瞬間 瞬間に布施をすることで、瞬時に我が切れる。我がないと「ありがとう」「ごめんなさい」が直ぐに言える。供養の視点だけでなく、相手の罪(行い)を自分自身におきかえて見た時にどうか…。何気ないところから自分を見つめ、素直に「ありがとう」の実践と布施をさせて頂き、ご先祖さまに喜んでいただけるような私たちに精進させて頂きましょうと述べた。

法座 各支部・部等でかみしめながら誓願を新たにした。IMG_1716◆ IMG_1714◆ IMG_1713◆ ■IMG_1719 IMG_1724◆